2016年2月10日水曜日

しばらく休止します



インストラクターとして起業してから
自分のサロンを持つまでのことを残しておこうと思い立ち
とりあえず、
ブログを始めました。

サロンのオープンにたどり着いたことで
いったん、このブログを休止いたします。


休止、というのは

サロンの運営、
起業のしかた、
など、

主婦の方の創業にまつわる情報を
あらためて書いていくためです。


ある程度
ノウハウがたまったら
また!
書いていきたいと思います。


今まで、読んでいただきありがとうございました。



2016.2010

山口県下関市   
生まれなおしサロン 澄田順子




2015年10月10日土曜日

成長せずに成果を欲しがるのは子どもの証

 
 
 
この日は、ポールの日でしたが
予約が入っていませんでした
  
10月は予約のない日が多く。
   
 
 
11月からレッスンスタイルを変えていこうと
思った矢先だったので
このまま、誰も来なくなるんじゃないか 
みたいなことを考え
背筋が・・・・。 
   
そういう気持ちになる原因も
よく、よ~く分かっていたので
朝から けっこう落ち込んでいて
「いつまで、続けるんだろう
 いつまで続けたら、見えるんだろう」
   
と、どネガティブな気持ちで
会場へ
   
ひとりで体をほぐして
IBUKIのフローをしているうちに
  
また、アイディアが思い浮かんで
可能性のあることをすべて書き出して
  
「動かなきゃ!やんなきゃ」 
という気持ちで
あっという間に立ち直り
自宅へ帰りました
   
まあ、落ち込んだり
へこんだりしますけど
  
その理由も受け入れられるようになったし、
なにより
ウジウジ引っ張る期間が短くなって
早く立ち直れるようになりました
   
午後から、真美先生と
スカイプコンサルをしていただいて
やっとスイッチが入りました
     
『自立とは成長のあゆみ。
 あなたがここまで成長するために
 一体どれだけの時間と労力を費やしたと
 思っているの
  
 その成長に見合った分の現実が
 目の前に与えられているのでしょう
   
 望む現実が欲しいのなら
 あなたがさらに成長するしかない
 成長せずに、成果を欲しがるのは
 まだまだ子供の証』
   
 
と、言われました。
 
   

2015年9月15日火曜日

審査にまつわるエトセトラ



さて
不動産屋さんから審査の申請を出したと聞いた後、
1週間経ちましたが音沙汰なし。
 
大丈夫かな、大丈夫かな。
ホントにドキドキです。

もう、心は決まっているのに

「審査で落ちる」

・・・そんなのやだ~
 
そんな時、外出先で一本の電話が。
東京からの番号でした。

とると、東京の保証会社からでした。

俳優の國村隼さんのような、涼やかな声でした。

部屋の用途について聞かれました。

「現在の所得(経費抜いた分みたいな意味合い)は
おいくらほどでしょうか」

経費、経費抜いたらさらに減るんですけどぉ・・・
下手したら赤字ですけどぉ・・・

「一万円くらいです!」
しれっと言いましたよ、しれっと!(笑)

しれっと、10,000円が精いっぱいって・・・。

後は部屋の用途などについて聞かれました。

「ご主人はこのことをご存知ですか?」

主婦が内緒で部屋を借りて、
後でバレておおごとに、とかあるんでしょうね。
  
「はい!だいじょうぶです!」

めっちゃ明るく言いましたが、
逆に怪しかったかも。

電話を切った後、
「すべて相談してます。下見も行ってます。
不動産屋にも一緒に行っています」

言っときゃよかった、ということが次々浮かんできて
もう一回電話しようか、と思いましたよ。


その数日後、専業主婦の契約なので
念のため 預金残高をコピーして提出してほしいと
言われました。

家賃×12か月分があれば、大丈夫とのことでした。

それを不動産会社に提出し、
数日後、めでたく審査が通りました。

  
一度改装後間取りを見せていただき
そこでもうすこし 私の要望をお伝えしました。

玄関の正面にトイレがあったんです。
私はそこが気になって。

ネットで風水とか調べると
玄関正面のトイレは
「健康運がダダ下がり」と。

おいおい、ダメじゃん、健康になるために来てもらうのに。

ダメもとで、壁の位置を変えてもらうように
お願いしました。

しかし、改装前、再度ひとりで下見に行ったとき
「この壁を外してほしい」といった場所は
部屋と廊下を分ける外壁でした。

分厚いコンクリの壁を触りながら
「これを取っ払って廊下にしてもらうのは、無理かな・・・・。」

まあ、なるようになるだろう。

後はお任せしよう。

 
その後、改装に基づく
家賃の金額が決まり、私はOKしました。
 
まあ、最初の9万円の物件に比べれば
奇跡のようにありがたいお値段でした。
  
家賃の折り合いがついたので
早速改装工事に入るとのこと。


そして、オットともに来店し契約をしました。

8月に入り、これまでにぎやかだたことが
すべて私の手をいったん離れた感じで
水面下に潜ったように静かになりました。






2015年9月14日月曜日

「収入はおいくらですか?」



オーナーさんのご厚意により、
同じマンションの、テナント物件を借りることが決まりました。

使用目的としては
「ヨガ、カウンセリング」としていました。

部屋の間取りについてこちらの希望を伝え、
オーナーさんと担当さんで具体的に検討する、
ということでした。

7月に入りました。

借りる方向で進めているので
「審査」の申請を早めにしておきましょう、と
担当さん。

家賃の滞納を防ぐために
保証会社が間に入って、
家賃のやり取りをするんだそうです。

その家賃支払い能力を
保証会社が審査して、通ったら
契約に進むことができるんだそうです。

私、学生時代も、結婚してからも
部屋を借りるのに
「審査」というプロセスを
経験したことがありませんでした。

大学の時なんて、大家さんに
直接手渡しで支払っていましたし。

ただ、審査は厳しくて大変だよというのは
耳にしたことがあったので

「これが、あの ”審査” ってやつかぁ」 ( ̄▽ ̄;)
と、しみじみしました。

「ところで 澄田様の年間収入は
 おいくらほどになりますか?
 申請の際に必要になりますので」

・・・え?

え~と、え~とぉぉ・・・。

口ごもっていると

「ひと月でもいいです。
 ×12して、計上しますので」(^◇^)


えぇぇ、え~っと

「い、いちまんえんくらい・・・ですかね」

「わかりました。ありがとうございます」

不意打ちで、電話越しにものすごく緊張しましたよ。

だって、実際には
10,000円も稼いでないですから。

わ~ もー絶対貸してもらえないよ~ 
と思いました。

オットに話すと

「これからあの部屋でどれくらい稼いでいくつもりか、
 見込みとして聞かれたんでしょ。
 10万です!とか 言っときゃいいのに。
 採算割れで審査通らないんじゃないの?」

と、ピシャリ。

いや~
こういう時、バカ正直にしか答えられないんだよ~

後は天に任せよう。


その後、
改装案の図面が送られてきました。
がっつりスタジオ風!ではなく
対面キッチンのついた居室風の部屋でした。

更衣室兼物置スペースまで考慮されていました。

それを検討して

再び修正箇所を担当さんに伝えました。

「ガスは使わないので、キッチンはいりませんが」

「澄田様に末永く使っていただけることを考えていますが
 もし、御退去された後、居室としても使えるように
 このようにさせていただいています」

物置スペースは、
ユニットバスにリフォームできるとのこと。

・・・なるほど、
私がこけて、はやばやと退去となった
次のこと考えてるわけか。

ちょっと気が楽になったのと
「見てろ~。使い古すぞ~」という気持ちでした(笑)

塾長に報告したら

「オフィス仕様より、居室タイプの方が
 落ち着くからいいよ」
と言われました。

確かにそうですね。

広さからいって、
人数を集めるようなレッスンはできません。
少人数制、個人セッション向けです。

もちろん、
部屋を選ぶ基準は
「夏のエアコン代」でした。
広ければ広いほど高くなる、業務用は使いたくない。

けれども、
やっぱり私は、無意識のうちに
少人数で深く、じっくり、というスタイルに合った物件を
望んでいたのでしょうね。


 




2015年9月13日日曜日

赤間で出会ったピエタ像


 
私は、 
転勤族のオットについて、仕方なく各地を回っている、
わけでは、どうやらなさそうだな、と気づいたのは
いつ頃だったかな。
 
オットのタイミングとは別のところで、
「私自身の人生におけるタイミング」がある、と、
転勤のたびに思わされます。
 
今、部屋を借りようとしている場所は、
赤間神宮の裏手にある、
その名前も「赤間町ビル」の一室です。
 
わりとトントンと話が進んでいます。
周りのお膳立てというか、
そこまでしてもらっていいのかな、という感じ。

源平合戦で
みずからの敗北をさとった平家方の安徳天皇と
祖母の二位の尼(清盛の妻)が、
壇ノ浦で入水し、平氏は滅亡しました。

その魂を祀っているのが赤間神宮なんです。
(まあ、私は安徳天皇生き延び説を信じていますが)

娘が
夏休みの宿題で赤間神宮を調べると言いました。

その数日後、
長男と書店に行って、支払いを済ませ振り返ったら
平積みになった雑誌と目が合いました。


私は、一瞬動けなくて、
娘の資料のためにその本を購入しました。

その後、赤間神宮を初めて訪れました。
娘と一緒にです。


そのとき、一つの像を目にしました。

繭のような卵型の中から、
母と子が頬を寄せ合って顔を出しているんです。

最初何気なく見ていましたが、
それが「ピエタ像」に重なって見えたんです。





















天皇と二位の尼は孫ー祖母ですが、
その像に

「男性性社会の犠牲となって海の底に埋没された母と子」

というイメージを感じたんですね。

ハッとしました。

入水の真偽はともかく、
この地はそんなエネルギーをまとっているんだな、
と改めて感じたんです。
 
北九州と下関は
地形的に、
まるで両手を上下に重ねようとしているような
形をしています。
下関に来た時から、それがずっと気になっていました。

手を重ね合わせたところに、関門海峡があります。
 
潮の流れのはやい この場所は
門司側に
和布刈神社があるように
海神の娘(豊玉姫)の豊穣の力が宿っていたのでしょう。

地球の生命は海から生まれたように
海(うみ)は「産み」ですから。

かつて、英国をはじめとする列強が
この地を攻撃したように
意味を知る者にとっては
喉から手が出るほど欲しい場所。

もとは一つだった 海の豊穣の珠は
赤と白の珠に分けられた。

ここから、
一つのものを赤と白に分かれて
互いに奪い合う、不毛の時代が始まった。

やった、やられたのくりかえし。

源氏平氏が、白と赤で戦ったのは
象徴的なできごとだったかもしれません。

そして、生き残った平家の女官は
ここで遊女となったと。

下関が、花魁発祥の地と称されるように
この地には、そういった
男性性社会の犠牲になった女性性の痛みがある。

子を手放さざるを得なかった豊玉姫に始まる
女性集合意識の中の悲しみや恨み、
祝福されて生まれ得なかった小さな赤子たちの想いが
沈んでいる。
※遊女さんたちは望まない妊娠が多かった

赤間のピエタ像を見た後、
神社の敷地を歩きながら
ずっと「引き裂かれた母と子」の思いが渦巻いていました。
  
そんな赤間神宮のお膝元で、
私がこれからしていくことは

「埋没された母と子をすくい上げる」ことなんだと。

それこそが、かつて同じように
この地で一度沈んだ私自身(の女性性)を
引き上げ、救済することになるんだ、と。

いやだとか、
やりたくないとか、
逃げ出したいとか、
不安だとか、
私じゃなくても、とか
言ってられない(進むしかない)

あなたがここで終わらせ、切り拓いてほしいと

言われたような気がしました。
この時、腹が決まったように思います。


この時感じたメッセージは、
この先(下関にあと13年はいる予定です)

自分を見失いそうになったとき、
おごりが見えたとき、
いつも立ち返るべき原点になるだろうと思っています。



そんなつもりじゃなかったのに
途中から、止まらなくなり、
ちょっとオカルトチックな話になりました。

 

願ってもないような提案



物件の話に戻りましょう。

入居申し込みを提出してから、
何日か音沙汰がありませんでした。

「大家さんに拒否られているのか」
不安がよぎります。
進まないジリジリ感。

4日くらいたって、不動産に聞いてみました。
これまで担当してくださってた方が体調を崩して
お休みされていたようでした。

これを機に担当さんが変わり、
サクサク進み始めました。

まず、大家さん(オーナー)に確認したところ

  「せっかく ヨガ・スタジオをやるなら、
   2階の空きテナントを改装してはどうか」

と、申し出があったということでした。

でも、改装費がぁ・・・

という私の気配を察したのか

「もともと希望される部屋とは違う部屋を
 こちらから提案しているので
 改装費は、オーナー様が負担すると
 おっしゃっていますが」

!!!

「もちろん、当初の希望物件と比較して
 改装費を家賃にできるだけ反映させないよう
 オーナー様と交渉していきます」


なんとおぉぉ!!


「ぜひご検討願います」

はいいぃぃ!!


不動産の担当さんも言っておられました。
テナントにおいて
オーナーさんがここまで提案してくれることは
とても珍しいと。

長らく空き物件だったので、
確かにオーナーさん側としては
初期負担をしても稼働率を上げたい、
というのはあるかもしれません。

オットと相談しました。

最初の希望部屋は、
一般居室であり、階下に住人がいるため
騒音の面で苦情が来る恐れもあること。

改装案の部屋は
下への騒音を気にしなくていいこと
その階は、すでに
テナントフロアとして使われているため、
人の出入りに関して階上の住人に抵抗がないだろうこと

そういうことを考えた結果
改装案の方で話を進めよう、ということになりました。


・・・・なっちゃった~






2015年9月12日土曜日

Raise Your Flag



6月27日(土)
第2回目の 
月いちIBUKIの会「 ReBirth 」を終えた後

オットと福岡ヤフオクドームへ。
B'z LIVE ー GYM に行ってきました。

このユニットと出会ったのは、中学生の頃。
オットは、高校生の頃、私の影響を受けて。
二人とも、けっこう長いですね。

初めて行ったときは、
長男の妊娠がわかってすぐの頃。
わずか10週くらいだったので
体に響く大音量が心配で心配で
じっとして聞いていました。

岡山にいるころは 大阪ドームへ。
子どもが小さかったので
オットの両親に子守についてきてもらっていました。

下関へ転勤が決まった時
一番初めに頭に浮かんだのは
「ドームに近くなる!!」でした(笑)

わが家の変遷とともにある、LIVE ー GYMの歴史です。

さて、
ライブの始まる30分前、ステージ脇で
作業が始まりました。

作業着にヘルメットをかぶったおじさん方が
わらわらと現れて
これまたステージ脇のクレーンにつりあげられた 
アメ車をセッティングしていきます。

どんどん車が出てきて
ななめった感じで、ずり落ちそうな角度で
積み重ねられていきます。

私「なんで、わざわざ開演ギリギリでやんのかな?」
オ「見せるためでしょう」

その作業を見ていて思ったんです。

ドームをいっぱいにするようなライブ、
たくさんの人を使い、たくさんのお金が動きます。

なんであそこまで大掛かりなセットを、って
思ったこともあります。

けれども
そこに生まれるたくさんの仕事、
その仕事で守られる生活があるんだなって。

初めて気づいたんです。

まあ、B'zと私じゃ比較する方がおかしいですけど

独り占めしないで、分配していく。
ただ分け与えるんじゃなくて、
その人のスキルに対して分配していく。
専門性をいかして分配していく。

そうすることで、
守られる生活があり
守られる技術があり
守られるプライドがあり
うるおう人生がある。

ステージ前に
わざわざセッティングする過程を見られることで
あのおじさんたちも
「表舞台」に立てるわけです。


そこで思いました。


人それぞれ、何かしら得意なことがあります。
すでに仕事として活かしている人もいれば
家庭や子育て、趣味の中で
発揮している人もいます。

すべてを私一人でしようとしなくても
「ここはあなたに任せたい」と
託せられる関係、そんなネットワークをつくる。

どこに?   下関に。

私はただいま下関3年目で、知り合いがいません。

そういった、
「何か」を生み出せるような建設的な人間関係

それを構築していこう!!と決めたのでした。

ライブ中に(笑)


ライブが始まり、ビートに載せてこぶしを挙げていると
心の中から聞こえます。


「 Raise Your Flag 」 「 Raise Your Flag 」

   あなたの旗を揚げるときが来たよ


「よし、行こう」


と決めた日でした。


そして、ライブが終わると
おじさん達が現れて、積み上げた車を撤収していました。

次の日のライブ、
また設営するのでしょう。

「おじさん、その姿、ちゃんと見たからね」


いろんなことを教えてもらったライブになりました。