2015年7月27日月曜日

人生のバンジー台




レッスンを始めるためのフライヤーを配る・・・・

とはいえ、そんなに配ってないです。数枚です。
私が集客母体としたのは、全園児50名程度の幼稚園。

引っ越してきてわずか1年。
上の子は小学校なので、
お母さん同士そんなに顔を合わせる機会もありません。

末っ子が幼稚園だったから
まだ、とっかかりがありましたが
末っ子がいなかったら
どうやって集めていいのか、途方に暮れるところでした。

顔見知りにすがる、
しかし
顔見知りだからこそすがれない。

とはいえ、
やはりたいていの反応は冷ややか。

その反応を見てへこむ自分に気づき
「あぁ、私、みんなが食いついてくれることに
期待していたんだな」
ということを思い知り。

そりゃそうでしょう。
私だって、逆の立場なら、関心なければ
受け流すもんね。

お互い様だな、と思いつつ。


安部塾長は
「あなたが本気で動こうとして
心から助けを求めたときに
ほっておく人はいないよ」
って言われましたが、

心の中で
「私にはそんな人いないよ」
ってやさぐれてました。

「誰からも相手にされないのではないか」
という恐怖は常にありました。

子どもを産んでからは、
「お母さんの集団」というのに対して
どうも苦手意識がありました。

こんな時に軽いノリで
ヨガレッスンに付き合ってって声をかけれる友達。

う~ん、いない・・・かなぁ。

レッスンを始めようと動くこと、
それ自体が
「私には、声をかけるような友達がいないんだ~」
というのを、
否応なく見せてきますから。

レッスンを始めることそのものよりも
「友達がいない自分」
= 「存在価値のない自分」と向き合うこと
それがつらかったのだな~と
今なら思います。



でもね。という思いも。

「私は友達がいないんだ~」という現実を見たくないから
とりあえずの仲間を探してつるんで群れて。

一人になったら動けない、
そんな自分になんとか価値を見出すための
「友達というつながり」もあります。

そんなのしたい?
と聞くと
心の奥で、もう一人の私が
「やーなこった!」っていうんですね。

じゃあ、今の私でいいじゃん。

とことん自分と向き合ったら

よし!!
覚悟を決めて、飛び込もう!!

と思えたときにすかさず動くこと。
それは

外に向かってアクションを起こすこと。

だれかとのつながりにおいて
アクションを起こすこと。

ちなみに「決意」はアクションには含まれませんよ。
あしからず。

決意したことを、
小さなことでいいので
誰かの前で実行する、実践する、
それが
ここでいうアクションです。

私の場合は
「ヨガのインストラクターになる勉強をしている」と
人に言うことが、大きな「アクション」でした。

本人にとって大きなアクションでも、
他の人からしたら
「な~んだ、そんなこと」という場合が多いです。

他人からしたら
「そんな小さなこと」が
自分自身の成長を阻む
大きなブロックになっていたんですね。

だからね、
どんだけ人に相談してもわかってはもらえませんよ。
他人にとったら
「そんな小さな他人事」にすぎませんから(笑)


人生の勝負時、
人はバンジー台に乗せられます。

「とぶの?」「とばないの?」
後ろからもう一人の自分が聞いてきます。

刻々とタイムリミットは迫ります。
やはりものごとには
タイミングがあるんでね。
まさに
「だれも教えてくれないタイミング」(~B'z Don't Wanna Lie)

飛ぶも飛ばないも、本人の自由なんです。
けれども
誰も押してはくれないんです。

台を蹴って飛び込むのは
「自分」にしかできないんです。

私もそこから始めました。
最初はこんなレベルでした。

そして、
これまで意を決して飛び込んだ結果、
血みどろ・ズタボロ・満身創痍に
なったことはありません。
こうして生きてます。

意を決して飛び込んだ先、
やはり、そこには
新しい世界があって
何らかの救いの手があり
次への一手があり
一緒に歩んでくれる人が待っているものです。

飛び込んだ先を恐れずに
これからも
バンジー台に立っていきましょう \(^o^)/




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